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双葉のしおり

読んだ本の感想と紹介をするブログです

数藤ゆきえ『昔話の食卓』

グリム童話に登場する貧相なお弁当といえば、すっぱいビールと硬いパン、というイメージを漠然と持っていた。

貧しいのだからパンが硬いのは納得できる。
だがビールはどうだろう。
現代の感覚からすると、ビールはどちらかと言うと贅沢品であるし、昼食時の飲み物にアルコールの含まれたものはふさわしくないように思う。

だとすれば変わりの飲み物としてふさわしいのはなんだろうか。
水? いや、水道のない時代の生水は飲めたものじゃないはずだ。
ならばお茶だろうか? それも考えられない。紅茶はまだ存在していないし、ハーブティー的な物があったにしろ常飲するものというよりも、まだ薬として飲まれることの方が多かっただろう。
水を煮沸すれば安全に飲めただろうか? それも難しいだろう。お湯をわかすのには燃料がいるし、沸かしたお湯を清潔なまま保存する技術もない。


消去法になるが安全に水分を補給するには、ビールぐらいしか選択肢がない。


幼いことから親しんでいた童話の世界だが、考えて見るとなんとなくのまま読み進めていたことに気がつく。


著者がフランス語に詳しいだけあって、扱われている「昔話」はペローのものが中心ではあるが、そのころ農民の暮しが地続きのドイツとフランスで大きく違うとは考えにくいし、だいたい同じようなものだろう。
。沿岸と内陸では違うかも知れないが、国によって大きな差が出るようには思えない。

今回読んでいて一番の驚きだったのは「パンの時代」の存在だ。
ヨーロッパは肉が主食のイメージがあったのだが、パンからの摂取カロリーが大半を占めていた時代があったというのだ。
言われてみれば、昔話においてパンの登場する頻度はかなり高い。
肉は専らごちそうとして扱われ、庶民の日常食ではない。



昔話の中の「贅沢」「幸福」といえばまず豊かな食である。
今以上に天候や経済状況に食卓が大きく左右された時代だったのだから。
それは頭ではわかっていたつもりだったが、普段食事がどういうものだったかを知らなかったがために、その重大さに気がついていなかった。


食事にかぎらず、昔話への理解を深めるには、当時の時代背景を知ることが必要だと改めて感じた。